BLACK CAT MELANCHOLIA
日常の記録。
好きなものたちへの愛も綴ります。








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ははぎくLOVE
な!ななななんと!!!

ははぎくの水おしろい、復活しておりました!!!



ブッラッボーーーー!!!

狂喜乱舞しちゃいますよ。大袈裟じゃないですよ。
大学時代からずっと愛用していたははぎくの水おしろいが、
数年前に廃盤になってからずっと私のお肌に合う
ファンデーションを探しておりました。
でも、今の今まで見つけられなかったのです。

そして再び私はあなたに巡り会った・・・・。

ネットだけでの限定販売とのことでしたので、
とりあえずポチッと2本購入することにしました。

てかいつから再発売してたのだ?
ふとははぎくが気になって検索してみて正解だったわ。
うれしす、うれしす。

ちなみに化粧水と乳液もははぎくをずっと愛用しております。

オイルフリーで、なんだか自然派っぽいところもお気に入り。
ファンデーションは、ニキビ跡やそばかすなどを消してくれて、
キレイなお肌に見せてくれるんですよね。なんてったって下地いらずだし☆
私はこのファンデを塗って、仕上げにパウダーをはたいておりました。
夏は取れやすいのがネックですけれども。
しかもお値段もお安い。着物貧乏の私にはピッタリです。

てなかんじで私には珍しくお化粧品の話をしてみました。

届くのが楽しみです。
ははぎくさまさま、どうかこれからもずっと販売していってね!

調べてみたらなんと2007年の4月頃にすでに復活してたみたい・・・。
おぉ、約2年のタイムラグ・・・・・。自分がうらめしいです。
駄文 : comments(0) : trackbacks(0) : salmery
にゃーーーーー


っと背伸び。

気持ちよすなぁ〜。

別府の猫です。
先週の土曜日、仕事で別府に行って参りました。
うちの会社企画のイベントがあったのです。

天気は日頃の行いの為か文句なしの晴れ!
前後は雨や曇りで挟まれていたので、
ほんと幸運としか言いようがありません。

朝からてんやわんやな中出会った猫に癒されたり、



大正ロマンあふれる建物の招き猫に癒されたり。

うん、楽しかったです。

友達も参加してくれて、感謝感謝の一日でした。
でも、やっぱ参加者めっちゃ少なかったよ・・・。

いっつも人集めに苦労する。
PRって大事だよな。次からどうにかしなきゃな。うーむ。

てな感じで福岡に帰り着いたのは夜の11時。
それから前のバイト先の友人たちの飲み会へと急ぎました!
元気だね私!!

到着したらもうみなさん呑みの空気ではなく
ダーツの空気になっておりました。

がっくし。

ダーツ、私生まれて2度目だったのですが、
やっぱり苦手みたいです。

二回チャレンジした後は、ずっとおしゃべりしてました。

マックに移動してからも、夜中の3時くらいまで女子高生のごとく
おしゃべりおしゃべり。んーーーー、たのしかった!息抜きって必要です。

次はマイダーツを持っている友人宅で、
ダーツパーティーを行うことになりました。

どうせなら着物で行きたい!

矢羽根や、渦巻き(ダーツの的に見立てて)の着物や
帯留めとかでダーツっぽいコーディネートで☆

ってどっちの着物も持ってないんだけど・・・。

そんな妄想をしながら帰路につきました。

今週の土曜に佐賀の骨董市に遊びに行くことになったので、
その時に素敵な着物や帯と出会えると良いな。
駄文 : comments(0) : trackbacks(0) : salmery
不思議な巡り合わせ


今日目覚めて何気なくテレビをつけると
熊本放送が制作した炭鉱についての番組が流れていました。

「第23回民教協スペシャル 月が出たでた〜お月さんたちの炭坑節〜」

途中から見たんだけど、最初から見たかった!
炭鉱、興味あるんです。

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■内容■(長いですがそのまま転載します)
かつて三池炭鉱があった福岡県大牟田市一帯に、
「心を開く突破口」を「炭坑節」に託す人たちがいます。
与論島出身の元炭鉱労働者やその末裔たちで作る与論会のメンバーです。
会員が500人の大組織ですが、これまで、多くの会員は
与論島との関わりに触れたがろうとしなかったのです。
与論島から三池炭鉱への移住が始まったのは明治33年でした。
台風による未曾有の被害に遭った島民たちは、
慢性的な労働力不足だった三池炭鉱の誘いに応じて海を渡ったのです。
それは、生き延びるための移住でした。
彼らにあてがわれた仕事は「ごんぞう」と呼ばれる荷役作業員でした。
高収入が得られる採炭現場とは無縁の石炭運び。
重労働、低賃金でしたが、与論の民は懸命に働きました。
その一方で、周囲からは冷たい視線があびせられます。
言葉をはじめ与論の風習を大切にしていた彼らの暮らしぶりが、
周りの人には奇異に見えたのかもしれません。
日本の近代化のけん引役だった炭鉱を、与論の民は底辺で支えてきたのです。
三池炭鉱では、囚人や強制連行された中国人が働いた歴史もあります。
また、落盤、火災事故で多くの人たちが犠牲になっています。
「炭坑節」の歌詞には、高い煙突から出る煙をけむたがる月が登場します。
取材を進めていくと、高い煙突が「日本の近代化」、
お月さんが「与論の民」など炭鉱を底辺で支えた人たちと重なってくるのです。
大牟田市の大蛇山祭りで「炭坑節一万人総踊り」が行われ、
与論会の50人が参加しました。彼らは叫びます。
「ユンヌンチュ(与論人)の生き様を伝えたい」。


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強制労働の歴史が炭鉱にあることは知っていたのですが、
与論島の人が三池炭鉱に出稼ぎにきていたことや、
差別に苦しんでいたということは初耳でした。

テレビには今でも引っ越し先で差別されるのではないかという恐怖を持っている
老いた夫婦の姿がありました。
それを知って愕然となり、涙が出そうになりました。
「そんなことないよ!大丈夫だよ!!」
と私は思うのですが、与論島の炭鉱労働者出身であるその方が
今でもそのような思いを抱いているということは、
現在もその時代を生きた人の中にはもしかしたら
差別の感情を抱いている人もいるかもしれない。
そのことを思うと辛くなります。
差別の感情というのはなぜ出てしまうのだろうか。
学校内での身近な「いじめ」もつまりは
小さな規模(この言い方も誤解を招くか)の話かもしれませんが「差別」だよね。
どんな人の中にも差別の感情が生まれてしまうのは
仕方がないことなのかもしれない。私の中にも。
でも偽善者と思われようが、自分の中に生まれた「差別」を
相手に向けて発しようとはまったく思いません。
学生時代、私の周りでも行われていた「いじめ」も意味がわからなかったし。
いじめられている人がいるのに、
自分は止めることもいじめることもしなかった。
放置した時点で「いじめ」になるといわれればそれまでですが。
ま、そうなのでしょうね。

なんだかわけもわからず意味もなく、
たらたら思うことを書き綴っております。

収集つかなくなるんでこの話は止めます。

そう、私、炭鉱興味あるんですよ。
なんだか独特の世界を感じるから。
炭鉱節も気になる。

こうして炭鉱についての番組を朝見たんですが、
今日炭鉱で栄えた筑豊出身の方から久しぶりの連絡をいただきました。
それも二人から。

なんだこの連鎖。

生きているとこういった不思議なつながりって結構ありますよね。

人は何かの事象と事象をただの偶然なのに、
意味のあるものとしてつなげたがるものだとは思う。
でもただの思い込みとは思えない時もある。
実際はどうなのだろう。
必然なのか、偶然なのか。
そういったことをたまに考えます。

意味分かりませんね。ただのひとりごとなんでいいんです。

ほんと今回の日記は支離滅裂。

今日は着物のお勉強をしますよ。
ビーズの羽織紐を作りたい欲望に燃えておる今日のワタクシなのでした。

ではでは失礼をば。
駄文 : comments(0) : trackbacks(0) : salmery
大馬鹿者と呼んでください☆
090119_2112~01.jpg
パソコン、壊れました(笑)

笑い事じゃないんだよ☆

☆マークとか使ってる場合じゃないんだよ♪

♪マークなんか…(繰り返し)


よく分からないのですが、何かをアップデートしてる最中にブレーカーが落ちて、
それから途中までしか立ち上がらなくなってしまいました。

色々と試みてみたのですが失敗。
ちと余計なこともしてしまったので、さらに悪化した気もする…。
バックアップほとんどとってません☆

今までの赤線斜陽のデータもほぼ消えました♪

明日ヨドさんに修理のお願いに行ってきます…。
駄文 : comments(4) : trackbacks(0) : salmery
寒くて、寒くて死んでしまうよぅ!!
てなことで、
恐ろしく寒いですね!!

キーボードを打つ指が本気で凍っております。
外も寒いが家も寒い。うぅぅ・・・。

さて、さんのブログで"Munsell Hue Test"というサイトが紹介されてました。



自分の色彩感覚を試すことの出来るサイトで、
バラバラに色が並べられた四列のバーを、
それぞれグラデーションになるように並べ替えて
スコアを出すというもの。

面白そうと思い早速やってみるとなんと!


パーフェクトをはじき出してしまいました!!!
つまりは自慢!自慢です!!

あまり威張れることがないので、
こういう時はここぞとばかりに自分をアピール。

案外パーフェクトの人が多かったりして。

こんな表も出ました。



見方がわかんない・・・。

結局パーフェクトの人は多いの?少ないの??

自分の色彩感覚を試したい人、どうぞ挑戦してみてください。
パーフェクトになっても私には黙っていてくださいね☆
駄文 : comments(4) : trackbacks(0) : salmery
うちのおじいちゃん


うちのおじいちゃんです。
かっこいいぃ〜〜〜!
めっちゃポーズ決めてますね(笑)

実家に年末に帰省した時に、アルバムを見せてもらいました。
実は今まで一時も見た事が無かったのです。

おじいちゃんは私が生まれた時からすでにいませんでした。
父親が私と同じくらいの年齢の時に、船の事故で亡くなったのです。

今回実家に帰った時に、アルバムがあるというので見せてもらう事にしました。
今まで26年間一度も見た事がなかっただなんて。
どれだけ私が肉親や故郷について興味がなかったんだという話です(冷血)。

今回初めておじいちゃんの若い頃の写真を見ました。

アルバムには沢山の人が写っています。
その中のどれがおじいちゃんであるのか、
父親に聞かなくてもすぐにわかりました。

今の長男にものすごく似てる。そのままです。
長男に似ている私も似ているということか。

写真は恐らく昭和初期頃のものです。

写真を見ていると、おじいちゃんが佐世保海兵団にいたことや
静岡にも住んでいたことなど、初めて知る事がたくさんありました。
でも、それはほんの少しわかっただけ。

おじいちゃんがどんな人で、どんな生活をしてて、
おばあちゃんとどうやって知り合ったのかなど、
知らない事だらけなのです。

父親に聞いても、戦争時代のおじいちゃんの話はよくしらないようでした。
そして、赤線。おじいちゃんも枕崎のあったという赤線には行ったのだろうか?
佐世保には大きな遊廓もあったというし、その辺りも気になります。

生きていたら聞いてみたかったなぁー。



こちらは写真の裏に「昭和15年8月 醉波亭 ケイ子」と書かれていました。
枕崎にあった料亭なのだろうか?(料亭なんて立派なものはなかったかもだけど)
なんとも玄人っぽい匂いが漂っております。シャレてますね。

他にも醉波亭の別の女性の写真がありました。
「醉波亭」気になる・・・。

豚さんにも昔の写真を持って来てもらうようにお願いしたので、
それを見るのも楽しみです。母方が筑豊が出身とのことで、
賑わった頃の炭鉱街に何故か惹かれる私にとっては時に興味津々です。

古写真っていいなぁー。
大正や明治の頃の写真が家にはなかったのでちょっと残念。
あとモノクロに手で彩色された古写真が欲しいのです。
淡い夢のような色彩でとってもノスタルジックで大好き!

いつか道楽で集めてみたいものです。

neko おまけ usa

誰だろう?親戚なのかな?
眩しかったのかみんな顔をしかめてます(笑)
女の子可愛い。着物も可愛い。
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初詣 in 南蔵院


明けましておめでとうございます。(2回目)

ということで、本日自由の女神(!?)と同じ大きさという涅槃像に会いに、
篠栗町の南蔵院へと初詣に行って参りしました!!



なんと!なんと巨大な涅槃像!!
電車から降りた時点で遠くにお釈迦様の頭が見えておりました。



涅槃像は、お釈迦様が亡くなった時の姿です。
なんとも穏やかな表情をしていて、見ていると心が和みました。

平成7年に建立された涅槃像なので、像自体には歴史はないのですが、
その巨大な姿には圧倒されること間違いなし!
ちなみに内部にはお釈迦様の仏舎利(骨)が安置されているそうです。

南蔵院は参拝客も多く、大変賑わっておりました。
道中には土産物屋が立ち並び、適度に観光地化されているのですが、
自然が多く開放的だからか、ちっとも嫌な感じがしませんでした。

機会があったらまた是非訪れたい場所です。

初詣にお寺ってのもいいものですねぇー。
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故郷を思ふ

あけましておめでとうございます。

正月休みを満喫しております。
いつの間にやら6日間の休みが過ぎてしまいました!

早いものですねぇ・・・。

年末には故郷である鹿児島にも帰っていました。

そして地元枕崎の遊廓跡についても調べてきました!
図書館では枕崎市史等を漁るも、
遊廓についての記述はちっとも書かれていないし、
怪しいとにらんでいた港近く一帯を歩いてみても
それらしい建築は見当たらない。

枕崎には遊廓はなかったのか・・・?

祖父も祖母も亡くなっているし、
仲のいいご老人というのもいないし、
誰に聞けば良いのだろう??

と、正解の見えぬまま、福岡へと帰る事に。

駅へと送ってもらう車の中で、
なんとなしに遊廓について父親に聞いてみると・・・

なんと!
新町にあったという言葉が!!!

父よ、なぜもっと早く言ってくれなかったか…(涙)

しかも新町の場所を調べてみたら、
私が探索していた所のすぐ隣だったみたいです・・・。

港町、旭町、中町あたりをうろうろしてました…

今度地元に帰省するのは早くても半年後。
それまで探索はおあずけです。

当時の建物は残ってるかな?
楽しみにしておこうと思います。

neko 探索で見つけた気になった建物たち。


昭和初期の建物であるという白鳥堂(何屋さん?)


昭和30年くらいから営業しているという銭湯の旭湯の入り口のタイル。
高齢の為に営業を終了するとの貼り紙がありました。

「お客様との思い出を大切に生きて行きたいと思います。
どぞ元気におすごしください。」

貼り紙には最後のこの文章が添えられていました。

きっとこの銭湯にはこれまで沢山の人が訪れて、
色々な思いが行き交ったんだろうなぁー。

枕崎は昭和30年頃が一番人口が多く、
銀座通り(中町辺り)周辺は映画館などもあって(現在枕崎には映画館はありません)
大変賑わったのだと言います。

図書館で枕崎関係の本を見ていた時に、
古写真で銀座通りを映したものが数枚あり、
現在では考えられない人だかりで吃驚しました。

売春防止法が施行されたのは昭和33年なので、
それ以前は遊廓もそれなりに賑わっていたのではないかと推測するのですが・・・。

私の寂れた地元にもこんな時代があったんですね。

福岡の飯塚も、大分の別府も(私の身近な例えを出してます)、
きっと数十年前は大変賑わったハイカラな場所だったんだろうなぁー。

その時代にタイムスリップしてみたいな。

枕崎の夏の風物詩でもある港祭りが始まる以前に行われていたという
祇園祭に参加する芸者さんたちの写真。一人おどけた人がいて笑えます。



どこかに枕崎の女郎を写した写真はないものでしょうか・・・。
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悩んでいます。
「ん?」てな顔。



悩みすぎて頭痛いです。

明日門司港(さらに下関)に赤線行脚しに行くか、
それとも福岡市動物園に動物を愛でに行くか・・・。

あぁ!どうしよう!!
(そんなことで悩むなって)

ほんとは門司港行きたいんだけど、
ちょっと他に用事があって時間的に難しそうなんだよね。

行くなら朝早く着いていたい。
昼過ぎから天気が傾いてくるそうなので。
赤線をいつも巡る時は雨模様だったから、
晴れの日の赤線跡を体験してみたいのです。

でも朝早くの行動が難しそうなんだなこれが。

もっと落ち着いた時に行こうかなぁ。
正月休みもあるんだし・・・。

うーむ。どうしよう。

ま、明日になればわかります。

どっちにしろ、写真は撮りたい。
写真熱、沸騰です!
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ニコちゃんマークの月
なんと!
先日見た月はこんな可愛らしい顔をしておりました☆



ニコちゃんマークですニコちゃん

そして今調べてみたら、
左目の星は金星で、右目は木星だったそう!
詳しくはこちらへどうぞ。

天文学的(?)にも面白い配置だったみたいね。

先日この写真を豚さんに見せたら、
「それ持ってる」
といって、携帯で撮った写真(絵)を見せてくれました。



なんと!
豚さんもその日、ニコちゃんマークの月を見ていたようです。

写真には撮らずに、イラストを書いて、
誰かに送ろうとしていた模様。

面白い。

きっと天文マニア意外の人も
このニコちゃんマークの月を見て
そのメルヘン具合にキュンときた人は数多くいることでしょう!

癒されるわー。

※ちなみにアジア圏ではニコちゃんマークでしたが、
アメリカではしかめっつらになっていたそうです。
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